遠くに住む義理の両親。
21年前私は、出産を控え直前まで営業職として働いていました。
そんな時期から始まる介護の記憶。
今も同じようなことで苦しむ人がいるかもと思い、書いています。
当時、私は30代。「この状況をわかってくれる人がいない」ことが、大きな悩みだったからです。
義父の徘徊
義父は背が高くてシャキッと歩く、足腰が丈夫なアルツハイマー病でした。
自宅から徘徊
「パパ(義父)が、出ていって帰ってこないの。」
妊娠中、何度も義母から電話を受けました。
義理実家は小さな会社を経営していて、義父が発症してから、義母が会社を切り盛りしていました。(それ以前から、経営は義母が主体となって取り仕切っていました。)
付きっきりで介護するのは無理です。
義父は、出かけては帰れなくなってしまう。
仕事に行くような身なりで、結構なスピードで真剣な顔つきで歩くらしく、誰も不審に感じないのです。
昼間の出来事なら、会社の従業員が車で探しに出ました。
たいていは、帽子とジャケットのきちんとした身なりで街で発見されました。
家に帰りつくと爆睡!
流しのタクシーの機転
予想よりかなり遠くまで行ってしまうこともありました。
あるときは、タクシーの運転手さんが通りかかって、
その時は、帽子をかぶって外套を着た紳士が、寒い日なのに素足にサンダル履き?
何か変?
あ、知っている人だ!
ということで機転を利かせて、
「社長!
お迎えに参りました!」
家まで送り届けてくださったそうです。
やはりタクシーの中で爆睡!
街の人の目がありがたいです!
車で徘徊
記憶力や判断力が怪しい、でも、義父自身はちゃんとしているつもりでした。
車の運転を控えるように言っても聞きません。
家には2台、住宅に併設された会社にも車やトラックがあります。
義父の車のキーをひとつ取り上げて争っても、ほかの車に乗り込むのを止めることはできませんでした。
車に乗りこんで方向がわからなくなると、やみくもに走ってしまうようです。
車で徘徊しているのを、知り合いが見かけたそうです。
「表情がなかったから変だと思った。
反対方向だったしUターンできないところだったからどうしようもなかった!」
と連絡をくださって。
それでも、時折、判断力が戻るらしく、何とか帰りつくと、車には小傷がたくさん!
どこに行っていたのだろう?
不思議だね、と言い合っていました。
車で出かけて一晩帰ってこなかったとき。
義母から夜中に連絡があっても、飛行機は飛んでいないし、妊娠中の私があわてて行っても何のお役にも立てない。
でも、秋口に帰ってこないと夜になると相当冷え込む地域だから、命に危険が及ぶかもしれない。
覚悟もしていて、未明に警察から電話。
150キロ(!)ほど離れた山道で発見され、車の暖房があったから無事だったそうです。
それから、車のキーを住宅のも会社のも徹底的に隠すようにしました。仕事にも暮らしにも多くの不便が出ましたし余計な手間ですが、それが最良の手段です。
介護保険では間に合わない
ヘルパーさんより足が速いので
そんな状況から、介護保険がはじまる前からヘルパーさんに入っていただきました。
付き添っていても、義父の足が速いので、ヘルパーさんが振り切られる。
追い付いても、義父のほうが力があるので止められない、ということもちょくちょく起きてきました。
見守りの料金
介護保険が使えるようになっても、保険の範囲は優に超えての出費。
後日、私が住み込んだ時期は、義母のがん治療とのダブル、2歳の子の「トリプルケア」の状況で、幼児は感染の関係で病棟には連れて入れないとわかりこちらにもヘルパーを付け、さらなる出費となりました。
金銭的に、家庭で介護をすることの限界が見えたかもしれません。