義理の親介護始まりの予感【子育て&介護「ダブルケア」】

義理の親の介護

いい嫁と思われたかった。会社みたいによい評価がつくはずと思っていたかもしれません。

 

ダブルケアとは?

 

東京から飛行機で義理実家へ

義理実家は、東京から飛行機で一時間半ほどで、着いたその空港から田園風景の中を車で一時間かかります。

会社を経営していて、事務所が住宅と併設されています。

 

義母の想い

子供が生まれる前から、義母から電話をうけていました。

一時間を超えて世間話の後は、決まって義父がアルツハイマー病らしいということ。

私には仕事の疲れがあるし、受話器をもってずっと立って聞いているのは疲れること。

嫁の立場でそうは言えないし、聞いているだけになるんですけれど。

 

  • パパ(義父)が同じことを何度も言う。
  • いつも機嫌が悪い。
  • つかみかかった。(誰に対してかは忘れました。)
  • トイレを汚す。
  • 夜中に徘徊した。
  • 何より問題は、車の運転をやめないこと。それを諭せば怒るから怖い。

病院の指導を受けているようでした。

一定時間見守りのヘルパーさんをつけてはどうかと添えましたら、

「あの人たちは、変な組み合わせの服を着せる。」

「パパを大事に扱ってくれない。」

「品がない。」

話しは堂々巡りをするだけでした。

 

当時は、夫の会社にも毎日電話をかけていたそうです。

親子ですから心配があればコミュニケーションは大切です。

夫は毎月のように帰郷していましたが、「聞いてもらえていない」との思いがあったのかもしれません。

 

電話好きの義母でしたので、親族それぞれにも話をしていたようでした。

 

母のがんが発見されて

のちに私が出産してから義母自身のがんが見つかりました。

当時、私の身の回りでも肺がん宣告から治療して、問題なく暮らせている人が何人もいました。

私は、「がんの専門病院で治療」することを、電話を受けるたびに勧めました。

 

パパが不安になると思うの

ところが、がん治療は泊まり込みじゃないとできないから、義父を置いていけない、「パパが不安になるから」と言って、何の治療もしませんでした。

探せば、当時も高齢者の施設はありましたし、義理実家の住む地域にたくさん親族がいましたから、何とかなったと思うのです。

 

義母は、直前まで自分の治療を始めませんでした。

 

私は、夫婦の深い愛と受け止めました。

 

後日のことになりますが、義母の葬儀が終わって、片づけをしたときのこと。

出てきたのは、段ボール数十箱の手つかずの病院の薬と民間療法のドリンクやキノコや粉類。

どの療法も信じられず、人に勧められてあちこちから手に入れていたようです。

また、占い師と急速に親しくなっていったようでした。

 

私の想い

愛や感謝を示したかっただけ

私が、(半分は騙されるようにしてではありますが)義理実家に住み込んだのには、想いがありました。

良い妻、母、経営者であった義理の母が、すべてにおいて献身的と感じたのです。

お手伝いしたいという純粋な気持ち。

愛と感謝という気持ちでしたが、甘っちょろすぎて何の役にも立ちませんでしたけど。

 

昔のドラマみたいな

後で書いていきますが、善意は全くむくわれませんし、感謝はされず、頑張ったことは見なかったことにされ、文句を言われ、恨まれさえします。

 

昔のドラマみたいですが、「よくあること」がドラマになり共感されただけなのですね。

 

占い師の介入?

実は、占い師の件では、義母から言われたのは、私の系譜に問題があるということ。

「悪い霊がいる。」

 

うちの実家との面倒な展開

一方供養とか神様仏様の部分では、私の実家というか一族はちょっと譲れないんですね。

話しが全く変な方向に行って、それ以降、私の実家に相談ができない状況になってしまいました。

めんどくさい。全く面倒な展開です。

 

介護には、占いやらドロドロの展開がつきものなのでしょうか?