【親の介護】親のモノの片付け―シニア様には詐欺師のように

母は7年の介護の後に、2014年に84歳で亡くなったのですが、ずっと片付けが苦手でした。周りにいた家族はかなり困りました。

看取った後気がついたのは、大事なのはモノの片付けじゃなかったということです。それ以前の大切な時間のこと。

 

片付けが苦手な母の場合

おばあちゃんの片付けどう思った?

うちの息子も片付けが超苦手で、看取りが済んでしばらくして、ふと聞いてみたのです。

当時中学生。

 

おばあちゃんは、モノが一緒くたで、「いる」、「いらない」って分けなかったよね?

一緒に考えてあげればよかったじゃん。

お母さんが優しく言ったら、おばあちゃん、片付けられたかもよ。

優しく言われるとお年寄りはすぐ信じるから。

詐欺に遭いやすいって、先生が言ってたよ。

 

詐欺師の言葉は信じるのね!

 

母と娘は素直になれない?

もともとの母は、おっとり「かわいい」タイプの人でした。口うるさく言われたことはありません。

晩年は親のプライドがあったからでしょうか?意地を張るようなそぶりがありました。

 

いるの?みんな要る!

 

みんな要る!

みんな使うから取っておいて。

捨てたらあとで困ることがあるかもしれない。

あなたに任せるとみんな捨てるでしょ!

 

使いかけのティッシュまで「汚れをふき取るのに使うから」と取っておくのは、娘として恥ずかしさを感じました。

(そんなにモッタイナイ?何が不安?認知症だからなの?)

 

いつ使うの?いつか!

いつ使うの?

 

いつか使うわよ。

元気になったら使うかもしれないでしょう?

元気になってほしくないの?

わたしが早く死ねばいいの?

会話が思わぬ方向に行ってしまいます。

 

一方、デイケアなど外で見る母は、家族には見せないような笑顔。

にこにこ職員さんに甘えて「かわいいおばあちゃん」でした。

(同じようにやさ~しく言っても、態度が違う・・・)

 

娘の事情

子育ての悩みがあった

介護にあたった時期は、息子が小学校から中学校の時。彼は定型発達をしていなくて軽度の知的な遅れがありました。悪いことはしないのですが、先生に理解されずトラブルが続きました。なにより将来が心配でした。

そんな心配を夫や親族に訴えれば、「気にしすぎ。」「神経質なんじゃないか?」との反応ばかり。

そう言われても、息子自身が自分のことをよくわかっていないようですし、人より余計に苦労をしているのです。気にしないわけにはいきません。

子育てで悪戦苦闘している中、親の介護も任されたのは、働いていないのは私だけだったから。夫の両親の介護の時も幼児を抱えていましたが、仕事をしていない女性ということで割り当てられたのです。

妊娠出産で仕事を休んでいるうちに、「僕ができないのだからお前がするしかない。」夫から言われるまま、北海道の義理実家に住み込んで介護をしました。

 

夫も子育てについては、「子供はほっといても自然に育つ」「気にしすぎだから変になっちゃうんだ」と、今から思えばかなり情けのないことを言われていました。

夫は、私の母の介護が始まるころ、自分の実家が空き家になったので、整理するため帰ってしまいました。

 

時間も余裕もなかった

定期的に通院や相談に行かなければならない子供と、どんどん介護度が上がる親。両方を引き受け時間と体力を費やしても、達成感がないことがきつかったです。
同時にいくつもの問題が起きて、娘として、親として、ひとつひとつの事柄にじっくり立ち向かいたかったですが、途中で時間に余裕がなくなって尻切れになったのが歯がゆかったです。
子供の学校のPTAの役員をしていましたから、出かける時に母が大きな粗相をしたり、病院で長引く待ち時間があれば焦りました。日常的にも、息子が友達と遊ぶのとお稽古事や子供の病院通いのやりくりや家に子供が集まるときの気がかりがありました。
身近な人にも気持ちは理解してもらえていませんでした。「ちゃんとしていない」と責められるばかりの毎日でした。
同時に、母からの信頼も失ったのかもしれません。

もっと寄り添いたかった

良かれと思って、すべてを一生懸命こなしたくて、頑張ればできるはずと思っていたのですよ。小さいころからそうやって生きてきて、それを親にも認めてもらっていたから、いつまでもいい娘でいたかった。
意欲とは別に、本当に大切な事を、一緒に考えるべきだったのですね。でも、子育てでも同じことをしたかったから時間も心の余裕もなかったです。

もしかしたら、考えてあげるふりでも良かったかもしれない。

詐欺師がふるまうように。

シニアは片づけが苦手。

逮捕された押し売りの人をかばう老人

新聞で読みました。逮捕された押し売りの若者に、被害者が、
「この人いい人だよ、話を聞いてくれて。
うちの電球が切れて困っていたら、取り換えてくれた。
悪くしないでね。」
と警察官に言ったそうです。
6畳間一杯の布団を数百万円で売りつけられた一人暮らしのおばあちゃん。話し相手になってくれるだけでうれしかったのですね。
そうかー、そうなのね。

モノがない時代は片付け方法なんていらない

母たちは、モノがなかった時代に生まれ、モノは大事にしなさいと教えられてきました。

モノが少なければ片づける必要がないから、片付け方は習っていないでしょう。

 

そして、人生経験を積んでいますから残念ながら、ごまかしや言い逃れも人間関係のスキルとして身につけています。

老いに向かう不安からココロが複雑でもあります。

 

シニアの片付けに必要なのは、

テクニックじゃなくて、笑顔とゆったりとした時間が必要ですね。

そして、

片付けの目的はモノを捨てることじゃなくて、

  1. 安全に暮らせること
  2. 使うモノが見つけられること
  3. コミュニケーションをとること

目的をコミュニケーションとした方がまだ良かったのです。

 

詐欺師のような 賢い戦略

今になれば、私も親の事と自分の事を冷静に判断できます。

介護する自分が追い詰められたらゆったりと接することはできないと実感しました。

 

本当は時間に追われていて楽しい気持ちではなくても、ゆったりとしたフリができたらよかったと感じます。

残念ながら詐欺師のほうはそのあたりが長けているのですね。

 

「老い=死」に対面する怖さ

すべて終わって気がついたのは、私の身近な人は、介護をすることに消極的でした。
簡単に言えば、自分のことを自分でできない大人の世話は面倒です。(言ってはいけないことでしょうが許してください。)
おむつ替えを筆頭に、自分のペースでは暮らせなくなってしまいます。
暮らしの変化だけでなく、老いが進むことを間近で見ることや先が読めないことへの不安があったかもしれないです。

老いが進んでからは、何より死に対する恐怖感があったでしょう。

母の場合は最期を看取ったのは私一人でした。もしかしたら兄弟には多少の悔いがあるかもしれません。

介護をした私にも介護や治療方法の選択で間違ったという悔いが残っています。
こういったことを防ぐためにも、親とのコミュニケーション、兄弟のコミュニケーション、身近な人とのコミュニケーション、すべてはコミュニケーションが大事だったのです。
そうしたら、詐欺師が入り込む隙間もないですものね。